住宅ローンで時給100万、上位7%サラリーマンになる秘技

住宅ローンで時給100万、上位7%サラリーマンになる秘技

あなた自身が一番の悪。悪魔退散「11スパイス」とは?

 

おはようございます。

あなたのゼロ円住宅サポーター

masaです。

 

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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

1週間はあっという間で、

すぐに週末になってしまいますね。

あなたはこの週末、どう過ごすか

決めていますか?

 

まずはこのメルマガを読んで、

「人生のヤル気」を出して

欲しいと思います。

 

 

そこで、今日はとある起業家のお話を

聞いていただきたいと思います。

 

◉行動できてますか?

 

 

あなたは賃貸併用住宅完全ファイルを

読んだり、私のブログを読んだりして、

タダで家を手に入れる方法に

興味を持って、今このメルマガを

読まれているはずです。

 

 

しかし、いざとなってみると

 

「動くのが面倒くさい」

 

「どうせ融資なんか下りない」

 

「仕事が忙しくて時間が・・・」

 

「家事が忙しくて時間が・・・」

 

「もうローンを組める歳でもないし」

 

つまり、「できないのは環境のせい」

 

いろんなできない言い訳ばかりを

見つけては、動き出せない、

不動産を買えないのは環境のせいと、

自分を正当化していませんか?

 

厳しいことを言いますが、

そんなんで成功できるわけありません。

 

私は不動産を手に入れるために

会社での月の労働が多いときは

450時間を越える時もざらでした。

 

仕事は調理だったので、1日中

立ちっぱなし、動きっぱなしの

重労働です。

 

そんな中でも仕事前、休憩中、仕事後、

休日は1日中不動産を見て回ったり、

本を読んだ入りして、1秒も無駄に

しないつもりで行動していました。

 

不動産を買えない人、買いたくても

動き出せない人は面倒くさがって

動き出せてない部分が大半のはずです。

 

私は死ぬ直前まで追い込まれたので

必死だったというのも大きいかも

しれません。

 

私のプロフィールや、ブログを

読んでいる方なら、私のことは

わかると思います。なので今回は

とある起業家のお話をします。

 

その方の体験談を見て、聞いて

何かを少しでも感じ取り、

行動に移せていただけたら

幸いです。

 

◉誰でも知っている「彼」とは?

 

彼は1890年生まれ、幼いころに父を亡くし、

工場で働く母をサポートするため

6歳で料理を始めました。

 

7歳の時には弟妹と母のために

焼いたパンが大絶賛される程の腕前に。

 

この時のうれしさ、感動が

「おいしいもので人を幸せにしたい」

彼のその後の理念の元になっています。

 

父のいない家庭で育った彼は

10才から働きに出て、農場勤務、

市電車掌、判事助手、保険外交員、

フェリーボート会社、機関車修理工、

保線区員…等々。

 

実に40種類以上もの仕事を

経験したそうです。

 

15歳で母の再婚相手に暴力を振るわれ、

家出した経験も。

 

彼は30代後半に初めて

ガソリンスタンドで起業します。

 

そしてその後、1930年6月には

ガソリンスタンドの一部を改装し、

6席の小さなレストラン「サンダース・カフェ」

を開きます。

 

彼はガソリンスタンドの支配人、

調理係、レジ係の全てを担当していました

 

彼はカフェ開業での功績が州に認められ、

州知事から名誉称号を授かります。

それは1935年、45歳の時。

この時の称号が彼の後の呼び名となります。

 

 

その後、最愛の息子が亡くなってしまいます。

私ももうすぐ2歳になる息子が

いますが、自分の子供が先に無くなるのは

想像を絶する辛さだと思います。

 

その悲しさも乗り越え、ガソリンスタンドは

サービスの良さ、カフェは料理のおいしさで

繁盛していました。

 

しかし、バイパスが出来て交通量が減り、

大恐慌と大干ばつによりガソリンスタンドは

倒産してしまいました。

 

しかし「サンダース・カフェ」だけでも!

と140以上の席数の規模に拡大したが、

火災で焼失するという悪夢が現実に。

 

それでも彼は諦めずに何度も

再建を果たすなど復帰を試みます。

 

その頃に完成したのが、現在も

多くの人に愛される

秘伝のオリジナル・レシピの

“11スパイス”

 

しかし、負債を多く抱えていた彼は、

店舗経営から一度身を引きます。

 

その時彼はすでに65歳。

しかし、不屈の精神を持つ彼は

 

“フライドチキンのレシピを教えるかわりに、

売れたチキン1つにつき5セント受けとる”

 

というフランチャイズビジネスを

ここから始めたのです。

今では世界中に彼のお店を

見かけます。もちろん私の周りにも。

 

ここまで話せばお気付きの方も多いでしょう。

「彼」とは

 

カーネル・サンダース

 

 

ケンタッキーフライドチキン

生みの親で有名ですね。

 

サンダースの本名は

「ハーランド・デーヴィッド・サンダース」

 

サンダースは、カフェ開業での

貢献が認められ、ケンタッキー知事から

「ケンタッキー・カーネル」の

名誉称号を授かります

 

それから彼はカーネル・サンダース

と親しまれるようになったのです。

 

 

65歳でフランチャイズビジネスを

始めたサンダース。今これを読んでいる

あなたはサンダースより年上ですか?

 

おそらく年下でしょう。

自分より年上で定年のおじいちゃんが

65歳からフランチャイズビジネスを

始めようとしていたのに、あなたは

何かにチャレンジしていますか?

 

サンダースは歳も若くないので

体力もそんなになかったでしょう。

 

それでも不屈の精神で、自分の

作った料理で人を幸せにしたいという

幼い頃からのブレないこころざしで

ずっと動き続けていたのです。

 

 

70歳近くなったサンダースは、

車1台で全米中を走り回ります。

 

レストランの厨房などでフライドチキンの

ノウハウを実演してFC契約を取るという

電波少年ならぬ電波老人並みの

無茶な企画をスタートするのです。

 

70近いおじいさんの飛び込み営業は

そう上手くいくはずもなく、

「NO!」「NO!」「NO!」・・・

と、言われた「NO!」の数は

なんと1009回とも言われています。

 

しかし、なけなしの年金でガソリンを買い、

出費を抑えるために車の後部座席で

寝泊まりし、翌朝再び飛び込み営業。

 

そんな、体力のある人でも途中で

音を上げてしまいそうな方法で

営業を続けました。

 

その甲斐もありあなたもご存知の

ように見事大成功!!

73歳の時には600店舗を超える

規模まで拡大します。

 

 

70歳を過ぎたカーネルは経営の権利を譲渡、

「味の親善大使」として世界中のFC店舗を

視察する旅のような生活を

亡くなる90歳まで続けました。

 

 

 

いかがですか?

 

もう一度、自分が不動産を

買えない理由を書き出してみてください。

 

あなたが今不動産を買えない、

または買うために行動できない

理由をサンダースに報告できますか?

 

できない理由をあげるのは簡単です。

でもそのまま動き出さないでいたら

あなたの未来の生活は今のままの

延長線上になってしまいます。

 

何か新しいことを始めない限り

あなたが望む未来はやってきません。

自分から踏み出さないと理想の

未来なんか訪れるわけありません。

 

未来に不安を感じ、理想の未来を

望むなら、まずは何か新しいことに

チャレンジし、自分へのできない

言い訳を少しでも減らしてください。

 

それで確実にあなたの人生は

プラスになっていくはずです。

 

そこで失敗してもいいんです。

成功するまで続ければそれは

もう失敗ではありません。

 

サンダースのように成功するまで

走り続けましょう。

 

私もそうなりたいので今日は

ケンタッキーフライドチキン

食べに行きます!違うか!

 

いや、やはり私自身に気合を

入れ直すためにも今日食べに行きます。

 

あなたも今すぐ今日か明日にでも

KFCに行く予定を入れてください。

 

ケンタッキーを食べて、サンダースの

ように不屈の精神を手に入れましょう!

 

 

本日もお読みいただき

ありがとうございます。

 

 

何か気になることやご質問等

あれば、お気軽にメールください。

またお会いしましょう。

 

masa

 

PS

 

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